ANA国内線【PR】
【−2】夜のカーテン
実験作なのでしょうか?
冒頭から中盤・後半、落ちまでの一連の流れに、他処ならば
いざ知らず、超-1の場に置いては挑発とも受け取られる危険性の
ある、非常に挑戦的な(そんな意図はまったくお持ちでなかったと
したら、本当に申し訳ありませんがorz)表現・展開が目に付き、
筆者氏=体験者氏の漢前っぷりに、つい惚れそうになった次第
です。

さて、実験作だとすれば言わずもがなな事を、いちいち小煩く
書いてしまいますが、ご甘受もしくはスルー願います。

>私は自分で言うのもなんだが、霊感がある。(中略)
>しかしそれとは別に、私には特化した能力があるのだ。
まず冒頭のこの前振り。
これだけ特別な「能力」を力説すれば、この後に起こるそれ相当の
体験談を読者に期待させてしまうというのだという事は、ご理解
いただけますよね。

筆者氏=体験者氏の身近にいて、その能力を知らされずとも悟って
しまえる人ならば、「特化した能力」の存在を疑わず受け入れる
前提条件を備えているでしょう。
しかし「読者」は、未だ筆者氏の人となりや能力を知らず、知る
条件を持たない対象です。
…例えば、UFOの存在は信じているけれども実際に見た事はない
初対面の人に「自分はUFOを呼ぶ事ができる。今まで私が呼んだら
ほぼ確実に現れた」と力説したら、相手はどう反応するでしょう。
「では呼んで下さい。本当に現れたらあなたの能力を信じます」
となるのが普通ではないでしょうか。
念のため繰り返しますが、UFOを信じる事と、それを「あなたが
呼ぶ事ができる」事を信じるという事は、まったく別次元の話です。

読者が筆者氏に要求してしまうのも、それと同じ事です。
これだけの前振りをされると、「では霊夢を証明するエピソードを
読ませてくれ」と要求してしまいます。
こういう要求を煽ってしまう事こそが、筆者氏自らがハードルを
高くしてしまうと散々言われてきた由縁なのでは。

カーテンが開いてしまう「霊夢」のエピソードを繰り返す辺りの
描写には迫力を感じました。
だからこそ余計に惜しいと思うのが、夢から覚めて、実際に
カーテンが開いていたか否かという肝心のオチが書かれて
いない事、しかもこれがただの(と言っては色々とアレかとは
思いますが)怖い夢ではなく、筆者氏曰くの「霊夢」であったと
いう根拠が、一切書かれていない所。
要するに、これは「筆者氏が霊夢を見る能力があると証明する
エピソード」として成立していないのです。

当然の事ながら、結論としてカーテンは開いていたのでしょうが
(開いておらず、これはただの怖い夢だったなどという結末は
この場では許容範囲外ですから)…しかしその結論自体が
書かれていないとなると、そもそも「カーテンが開いていな
かった=怖い夢だった」オチとして終わるのと、ほぼ同レベルだと
言わざるを得ません。
特化した能力をお持ちである筆者氏の、特異な経験がまったく
生かされていない部分が非常に残念です。
失礼ながら、この作品は特別な能力をまったく持たない人でも、
怖くしかもリアリティのある夢を見れば、それを元に書けるという
程度の内容になってしまったのでは。

表現と「見る」能力の違いは重々承知の上、筆者氏は投稿前に
まず、ご自分の特別な力を知り理解している「見えない」身近な
方に作品を読んでもらう事が必要なのではないでしょうか。
…などと申し上げるのも、作品から感じられた筆者氏の姿勢に
「見える・感じる」事が前提のものを感じたからなのですが。

そうした能力をお持ちの方だけが対象であるならば、必要以上に
書く事は野暮というものでしょう。言わずもがなで通じる対象
だけに限定して発信するのであれば。
…しかし、「見えない」読者が大多数であることを理解して
いただく事こそ、筆者氏にとって肝要なのではないかと、
見えない一個人からの僭越なご提案ではありますが、ご一考
頂ければ幸いです。

文章技術評価 【−1】
体験談希少度評価 【−1】
総合点数【−2】
"
by TOMOKI2007 | 2007-04-08 20:12 | 超-1講評 3月
<< 【+2】うなされて… 【+4】息 >>